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屏風飾りの緞通「幻の赤穂」と判明
祇園祭 図柄、技法調査へ

写真は藤井絞さんお座敷

祖父の代から大切に守られてきた赤穂緞通。口コミで知り、赤穂から見学に訪れる人もいる(京都市中京区新町通六角下ル・藤井絞)

 祇園祭に山鉾町で行われる屏風(びょうぶ)飾りに使われる手織りの敷物(緞通=だんつう)は、これまでほとんど鍋島緞通(佐賀県)と信じられてきたが、相当数が「幻の」とされる赤穂緞通(兵庫県)だったことが、赤穂市教委などの調査で分かった。15日には、赤穂緞通の復興・伝承を目指す市民グループが山鉾町を訪れ、往事の図柄や技法を調べる。

 赤穂緞通は、鍋島、堺(大阪府)と並ぶ「日本三大綿緞通」とされる。昭和初期まで盛んに作られ、高級敷物として京阪神を中心に流通したが、現在はわずかに市民グループが技法を継承している。

 屏風飾りでは、旧家や老舗が表玄関や座敷に屏風や懸装品を飾る際、緞通を敷くが、模様や素材、サイズからは産地の区別がつきにくく、多くの持ち主は名高い鍋島緞通だと思ってきた。

 4年前、赤穂緞通に関する展示会の準備で、赤穂市教委の木曽こころ学芸員(33)が京都を訪れ調査したところ、山鉾町に赤穂緞通が多く残っていることが分かった。木曽さんは「舶来じゅうたんの代替品として使われたようだが、当時の赤穂緞通は非常に高価で、財力のあった京都の山鉾町だからこそ多く残っているのでは」と推測する。

 毎年、屏風飾りをしている藤井正昭さん(65)は、鍋島緞通だと思っていた12枚が赤穂緞通と判明。「昭和初期、祖父が購入したと聞いている。戦時中、祖父は食べていくために借家や着物を手放したのに、緞通と屏風は蔵の奥に大事にしまっていました」と話す。

 ○○○○は「父から、京都にある緞通の多くは鍋島だと言っているが、実は赤穂だと聞いていた。いま京都の古美術市場で流通している緞通の大半が赤穂と分かり、あらためて驚いた」と打ち明け「赤穂緞通の大きな魅力は、精巧でありながら大胆な意匠」と評価する。
 「赤穂緞通を伝承する会」メンバーで、15日に山鉾町を見学する米田尋美さんは「古い赤穂緞通が次々処分されていくなか、京都で今も大事に使われているのは貴重。当時の図柄の復刻作業をしているが、多くが個人の所蔵でなかなか見られない。屏風飾りは絶好の機会」と期待している。
author:管理人, category:活動, 18:15
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